「芸術の評価 その2」

物を評価することに対する考え方で前回は結びましたが、
今回は、それを全く”否定”するかのような話です。

あなたには好きなアーティストがいますか?
元々超有名人だった人、
全くの無名の頃からファンで、今では超メジャーなTOPアーティストになった人、
今も昔もマイナーだけど、一部のファンに絶大な人気を博している人。

あなたが好きなアーティストと言う位だから、心のどこかに響く物があるのでしょう、
ですが、その評価、
本当にあなたの評価ですか?

ビビッとキタから聴いた・観た、
誰かが良いと言ったから聴いた・観たら好きになった、
流行のジャンルだから触れてみた、
自分のライフスタイルに合っているから好き、
単純にカッコいいから好き。

どれを取っても最終的には自分の”触れてみよう”と思う意思決定が必要になる、
だから人が好きになるものというのは、まさに”自分の選んだもの”と思うだろう。

だが違う、現代社会に於いては芸術に対する、
特に流行りに対する評価は大きく変化してしまっている。

まず予備知識として、昨今、流行りというものは、
自然な流れではなく、流行を作るプロが作っているという事、これは今や常識。
自分が「これいいかも。」と思って手に取った物は、実は自分の感性ではなく、
プロの思惑通りなのだ、知らない間に選ばされている・・キャー怖い。

つまり、常に流行先取りのA君は、常に人より一足早く流行をキャッチするため、
自分は感性に優れていると思い込む、
しかし実はA君はプロの手のひらで泳がされているだけで、
感性があるなんて
ずうずうし過ぎるって事になる。
まあアンテナが敏感なだけ普通の人よりはマシだとプロには思われるかもしれないが。。

そうなってくると近代芸術を評価できるのはその道のプロだけの特権って事に・・

うん、それは違うでしょう、
あなたは実はプロをも唸らす感性の持ち主かもしれないのだ、
黙ってたら一生気付く事はなくなってしまう。
発言するとはそういう事だ、
人間は勇気を持って発言する必要がある、それが成長するという事だ。     つづく。。

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