「人の眼。」

モノクロ写真はお好きですか?
何故そう思いますか?

今回はモノクロを軽めに哲学してみる。

一般のモノクロ好きの方はこう言うと思う、
レトロになってイイ感じ。
印象的になる気がする。

確かにごもっともなのである。
写真は元々モノクロからスタートしていて歴史があるし、
日常生活は黙っていても色が付いてくる。
白黒が印象的なのは至極当然なのである、”見慣れてないから”。

犬や牛のような、世界がモノクロ(のよう)に見えると言われている生物が、
人間がモノクロ写真を見るような感覚でカラー写真を見たら、
とっても印象的に見えるに違いない。

と言っても僕はここでモノクロ批判をしたい訳ではない、
進化の過程でモノクロで生まれた写真、
カラーになって、目を通して見たものと近い表現を得た、
デジタルになって、撮ったものを加工して更に複雑な表現を得た、
進化のスタート地点なのだ、
進化を先に進むものと考えるならば、
モノクロ写真は目の能力に劣る未完成品、
それ故に、最もピュアで、最も裸な”モノクロ写真”

昔はいいのだ、それしか無かったのだから、
それしか無いから、あるもので何とかする、
そうして撮られた物が今も人の心に残るのだと思う。
だからこそ現代、
ただ雰囲気でモノクロで撮った・現像した写真は気持ち悪い、つまらない。
自分が見たものには間違いなく”
色が付いていた”事から逃げてほしくない。
それを理解して初めてモノクロが撮れる気がする、考えすぎか?

これを踏まえて、カラー写真は、
色に対して目の肥えた全人類を相手にしなくてはならない、
並みの技術じゃ何も伝えられない、    はず。
自分への課題。

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